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ここに砂場ありき|江戸蕎麦の御三家「砂場」のルーツは大阪

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この石碑は、大阪の地下鉄 長堀鶴見緑地線『西大橋駅』
降りてすぐの 大阪市西区 新町2丁目の公園です。

この公園の中にある『ここに砂場ありき』と書かれた この石碑、
砂場と言っても、ちびっ子が遊ぶ砂場のことではありません…。

江戸蕎麦の御三家と言えば、藪、更科、砂場の砂場です。
その「砂場」のルーツは、実は 大阪にあるということを表しています。

数多い江戸の蕎麦屋の中でも、長い歴史を持つ「砂場」。
昭和60年に 大阪のそば店 誕生四百年を祝う会が建立した脾です。

蕎麦の歴史には諸説ありますが、
天正十一年(1583)豊臣秀吉は、大阪築城のための工事を開始。

大坂城を築城する際の、石や砂を置いた場所がこの周辺であり、
また全国から職人と資材が集められました。

>ここ新町には砂の類置かれ通称を「砂場」と呼びて、
>人夫、工事関係者日夜雲集す。人集まる所食を要す。
>早くも翌天正12年、古文書「二千年袖鑒」に、
>麺類店「いずみや・津の国屋」など開業とある。
>即ちこの地、大阪築城史跡にして、また、本邦麺類店発祥の地なり。

と記してあります。

人が集まれば、食べるものが必要となる。
また築城で集められた人々は、ほとんどが単身の男たち。
そんなことから この場所に「うどん・そば屋」が誕生したようです。

天正十一年(1583)大阪築城を築城した豊臣秀吉。
お腹を空かした 大勢の職人たちが、この場所で うどん・蕎麦を
食べていたわけですね。

約430年前の光景を想像すると面白いですね。

 

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